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Story of Kamalaya Koh Samui  
   


 【ストーリー】
 人生経験と献身願望の表現
 カマラヤは、情熱に突き動かされ、洞察力あふれるビジョンを生み出した、二人の人間の人生経験と他の人々のために尽くしたいという願望を表現したものです。

1982年、ヒマラヤの奥深いジャングルで、カマラヤ創設者のジョンとカリーナ・スチュワートが初めて出会ったときに、カマラヤの物語が始まりました。カマラヤに対する考えは、 ジョンがヒマラヤの集落で奉仕活動と精神修養に身を捧げていた16年間と、カリーナが古代中国医術の医師としての経歴を含め、 アジアの多彩なヒーリングとスピリチュアル体験の研究と実践を行った22年間に、触発されたものです。

"お客様にはカマラヤの静寂と平和の中へお越しいただくことで、自分自身の心への道筋を再発見していただきたい。" John Stewart, カマラヤ共同創設者、会長

ジョン・スチュワート
 ジョンは15歳のときにアジアの哲学と精神論に触れました。慣れ親しんだ西洋の生活よりも、それを経験することに熱い気持ちと興味を抱き、 16歳で家を離れました。北アメリカとヨーロッパで7年間過ごした後、この先に何があるかわからない不安を抱えながら、北インドのジャングルにたどり着きました。 彼のヨガの師匠は彼を平手打ちという手荒なあいさつで迎え、尋ねました、"なぜそんなに長い時間をかけたのだ?" 不思議に思われるかもしれませんが、そのあいさつのおかげで、 不安や疑問といった気持ちは彼の心から難なくすっと消えてしまったのです。この出来事はジョンの屈服と奉仕と愛情に対する能力の高さについて、多くを物語っています。

ジョンはインドでの最初の1年をヒマラヤ川沿いの洞窟で過ごしました。この年から続く15年の間に、彼は伝統的なヨガのライフスタイルを会得し、 物事の真実や純真さ、愛情、永遠に続く天の教えなど大切なことを学び、ヨガの実践や修養の質を高めていきました。 この期間に師匠から鍛えられたジョンの真正さを見極める天性の能力は、修行後の人生の初期段階の基礎となりました。彼は1993年に修行生活を離れ、 アート・ディーラーとして成功を収め、カトゥマンドゥにしばらくの間落ち着きました。

1977年から定期的にタイを訪問していたジョンは、健康に問題が生じた2000年、再びタイに戻りました。 サムイ島のヒーリング・ネイチャーに魅かれ、4ヶ月間滞在し、地元のハーブや妻、カリーナの助けを得て、身体を休め、元気を取り戻したのです。 彼がカマラヤの地を見つけたのはこのタイ訪問中のことです。古代の岩石が点在する深い森のように見えるこの土地は、即座に彼の心をつかみました。 熱帯ジャングルのような地形を歩いていると、北インドでの日々が思い出され、かつて仏教僧たちが瞑想や精神修養の場として使用していた洞窟にたどり着いた時、 その記憶はさらに鮮明に意義深くよみがえってきました。思いがけなくその地を発見して、ジョンとカリーナは夢を実現するための土地を得たのでした。

ビジネスを文化交流の手段と考えるジョンのビジョンが、'違いを作る'というプロジェクトとしてもまさにふさわしく、カマラヤ創設のカギとなりました。 カマラヤは、「幸せは与えることからやってくる」とういう真実を経験から解き明かしてくれます。わかりやすい方法で精神的な教えを伝え合い、 自然の持つヒーリング・パワーと共同生活を送る喜びを分かち合いたい、というジョンの願いも一緒になっています。

カリーナ・スチュワート
 カリーナ・スチュワート博士は、ヒーリングと調和のとれた変化を遂げられる場所を造ることに身を投じています。 15歳までメキシコで生まれ育ったカリーナは、ナチュラル・ヒーリングやメディテーション、ヨガ、 アジアの精神哲学などに興味のあった彼女の母親に大きな影響を受けました。将来夫となるジョンと同様に、彼女が思春期に抱いた内なる憧れは、 彼女の周りにある文化的規範と全く対称をなすものでした。彼女自身がメディテーションを始め、アジアの精神哲学の探究を始めた14歳の時から、 カリーナの心は信心と自己発見へと導かれました。生まれながらに持っていた情熱的な性格と、まっすぐに生きたいという恐れを知らない熱い願いから、 カリーナは15歳で研究のためにサン・アントニオに向かいました。のちにプリンストン大学へ入学し、文化人類学とアジア宗教の分野で学士号を取得しました。 プリンストン大学時代にカリーナは初めてジョンと出会い、1年間の有給休暇の間、同じヨガの師匠の指導のもとで瞑想修養に没頭しました。

プリンストン大学で学位を取得後、カリーナの東洋への憧れと健康に対する情熱は彼女をカリフォルニアのヨ・サン大学へと導き、 彼女はそこで古代中国医術の修士号を取り、日本と中国でインターンシップを修了しました。彼女の研究は、ヘラーワークと頭部仙骨マッサージ、 ヨガと道教の実践、のようなセラピーの構築へと広がっています。

カマラヤに先んじて、カリーナはネパールのカトゥマンドゥにヘルス・センターをオープンしました。そこで7年間、東洋医学を学び、 様々な中国の薬草剤を作りました。そこからカリフォルニアでも研究を続け、現代医学と昔ながらの中国医術、 自然療法を組み合わせて行うデトックスの原型を開発しテストするために、Bウェル・センターの創設者、ジェームズ・ダーグラン博士やタオ・オブ・ウェルネスの創設者、 マオシン・ニー博士とともに研究プロジェクトを行いました。

カリーナはカリフォルニア滞在中に、ホール・センターで医学的デトックス・プログラムの企画と指導も行いました。 また、いくつかの都市で、東西双方の伝統的手法から細胞の解毒と浄化に焦点をしぼった、独自の'アウェイクニング'プログラムを開発しました。

カリーナの人生経験とアジアン・ヒーリングの伝統と哲学の修行や研究は、カマラヤ必須のウェルネス・アプローチにはっきりと表れています。 その目的は、心と身体、感情と精神の調和を通して各個人が持つ内なる治癒力に近づくことです。カマラヤは常に発展を続け、カリーナの経験や知識、 情熱の深さ、注ぎ込むエネルギーはより一層顕著になっています。

3人...2人の決意
 2003年、カマラヤが形を成してきた時、ジョンとカリーナは、彼らのコンセプトをホリスティックに実施できるかどうかは中核をなす機能がもっとバランスのとれた完璧な仕組みになることにかかっている、 と考えました。彼らのビジョンに命を吹き込むにはもっと力強い、安定した土台が必要でした。そこでまた2人は運よく助けを得ました。 マーク・アントン・コルナズを紹介され、カマラヤの成功のためにどうしても足りなかった人が見つかったことを知ったのです。

すでに確実な意義深い人生の旅を始めていたマークでしたが、すぐにジョンとカリーナのビジョンに興味を持ち、非常に革新的なビジネス・モデルを創ろうとする彼らの行動に刺激を受けました。 彼は2人のコンセプトにとても大きな可能性を感じ、2人の事業に加わることに同意しました。彼の力強いホスピタリティ・マネージメントとビジネス・バックグラウンドによってマネージメント・チームが完成し、 今もコンセプトの実現を助ける理想的なバランスを保って機能しています。

今もカリーナとジョン、マークが共にカマラヤの発展に欠かせない役割を担っています。カリーナは、カマラヤの統合的なヘルス・プログラムを創造し続け、 その進化の生みの親となっています。ジョンは、会長として常にカマラヤのビジョンとサービスの発展を導き、マークが、そのビジョンが確実に、誠実に、良質に遂行されることを確かにしています。

カマラヤの物語はジョンとカリーナによって始まりましたが、多くの人々のインスピレーション、仕事と献身を通して広がり続けています。 ジョンとカリーナはその行程でとても力強く貢献してくれている多くの人々‐現在、過去を問わず協力してくれたコンサルタントやマネージャー、トレーナーなどのチーム、 そして友人達や泊まりに来てくれたお客様、全ての人々を誇りに思っています。ジョンとカリーナのビジョンの現れは、集約された精神力が美しく表現されたものなのです。

"地味なことだけど、他人に対する素晴らしいサービス精神がそこにはある。カマラヤはよい意味で気取らず、健康的。全てバランスよく感じられて、きめ細やかで、愛情に満ちている。 オーナーもマネージメントも心がこもっている。" Anthea Amore, オーストラリア、2008年6月

Copyright(C)2010 AMS All Rights Reserved.          更新日 2014.4.30